行為を被ることそのものに上手い下手はない

『イチヤヅケ』でちゃんまきが、人の顔は覚えているが「人の名前を覚えるのは下手」と言っていた。

河瀬茉希と赤尾ひかるの今夜もイチヤヅケ! 第162回放送(2022.12.12)

覚える(覚えておく)ということが受動的な能力の行使で、その行使そのものに手順のようなやり方やコツといったものがないものならば、それが上手い、下手だというのは不自然だろう。「色が見えるのが下手」とは言わないし、「色を見るのが上手」というならば、色を見つけたり見分けたりするのが上手という意味でだろう。錐体細胞など視覚器官の生理学的特徴上、視覚できる光の波長帯域が普通の人間のそれより広い動物を「広い範囲の色を見るのが上手い」とは言わない。

覚える(覚えておく)ことが上手い(下手だ)とかいうのは、だから、そうすることへの手段、つまり、覚える対象を書き出すとか頭の中で反芻するとか、記憶を定着させるためにする行為がよくできる(できない)とか、その遂行が上手い(下手だ)というような意味でになるだろう。そうでなければ、「上手」「下手」ではなく「得意」「苦手(不得意)」といった語彙を使う方が自然である。あるいは、覚える(覚えておく)「能力が高い/低い」とかそうする「力が強い/弱い」といってもよい。

無意識で行われるインフォーマルで日常的な会話の中に現れた、ほんの一言の、実際にはまったく問題にならない、極めて微妙に不自然な言葉遣いだが、こういうところにも、知覚やその他の心的活動の能動性・受動性や、こうした活動の能力や技術との概念的関係などに関する哲学的に有用かもしれない考察の種は埋まっている。


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